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2013年5月

2013年5月31日 (金)

入院46日目~肩こり~

ほぼ、寝たきり状態なのだから、いろんなところに凝りが出るのは当然のこと。

中でも、腰と肩が辛いようだ。湿布を所望し、看護師さんに貼ってもらった。

最近、時間が気になるようで、『今、何時?』が口癖。

たぶん、体内時計の調整をしてるのだと思う。意外と几帳面な性格だし・・・。

2013年5月30日 (木)

入院45日目~決定~

転院の日取りと具体的な段取りなど、報告を受けた。

どうにか、行き先が決まった。ひと安心と云いたいところだが・・・。

早速、親父に報告、、、「二つ返事」とは、いかないまでも、

黙って目を瞑った状況に、承諾を感じ取ることが出来た。

第一関門を何とか通過! 奇跡の帰宅プロジェクトの始まりだ!!!

2013年5月29日 (水)

入院44日目~ひと安心!~

看護師長さんから、転院交渉が大詰めとの見解を伺う。

来月上旬には、リハビリ施設が充実した病院へ移れる見通しだ!

床擦れは、何度か化膿しているようだし、充分なリハビリが出来ないことで、

特に下半身が固まりつつあるらしい。

リハビリは、あくまで現状維持を目的としたものだから、早く始めるに

越したことは無い訳で、その意味でも、転院が決まったことは喜ばしいこと。

・・・ただ、その転院先は、親父が毛嫌いしていた病院。

やっと見つかった受け入れ先なのだが、親父が受け入れるのかどうか? 

俺の判断が裏目に出れば、最悪だ。すべては、俺が背負い込むことにする。

2013年5月28日 (火)

入院43日目~こころの奥~

激しい雨足の合間を縫うように、駐車場から病棟へ走りこむ。

いつもの病室が、何やら慌しい様子、、、お隣さんが変わっていた。

親父も点滴が始まっていた。食欲が湧かないらしい、、、「またか!」って感じだ。

転院は、受入れ先が決まらないみたい、、、複数持つ持病も原因か?

沈んだ俺の心情が、顔色にでも出ていたのか、親父が囁いた・・・

『もう、よかよ、、、くたびれたぁ(疲れ果てた)』

悲しいほどに冷静な真顔で、擦れてはいたが、はっきりとした言葉で。

身体が硬くなりつつある、持病の進行状況にも注視する必要が。

残された時間にも余裕が無くなり始めた。こうなったら・・・

今の俺に出来得る限りを尽くす、後悔はしたくないから。

2013年5月27日 (月)

入院42日目~梅雨入り~

そろそろ、親父の現状把握から、先行きを考えねばならない時期が来た。

こちらから働きかけなければ、何事も解決しないことは当然のこと。

ただ、そのタイミングを計っていた。これ以上の先延ばしは、無意味にも思える。

待てと云われたので、此処まで待った、、、動く時が来た!

入院41日目~気分~

普段と変わらぬ様子のようだが、何処か昨日とは違う今日の親父。

個室で自分と向き合うだけならまだしも、4人部屋では息苦しくもなる。

我がままや贅沢は云ってはいけないと、自己規制している部分もある。

先の見えない入院生活は辛い。

俺に出来ること、、、自宅での生活を復活させる方向性を指し示すこと。

希望と願望を込めて、奇跡に掛けてみるしかない。

2013年5月25日 (土)

入院40日目~アドバイス~

奥様が、大病で長期入院されている方が、知人にいる。

ここ数年は、寝たきり状態なのだとか。

その方から、親父にお見舞いの電話が入った。

患者である親父に対しての慰労はもとより、家族である私にまで労いの言葉を

頂戴した。

病人を気遣いながら、侭ならない思いや現実と対峙し、時として決断を迫られ、

本意ではないことでも、受け入れねばならぬことが多い、

そんな家族の心情を慮って下さった言葉が、この上なく嬉しかった。

涙が流れ落ちた。

2013年5月24日 (金)

入院39日目~理解!?~

今日は、曾孫2人の元気な男の子の見舞いで、些か機嫌のいい親父だった!

いろんなストレスからか、看護師さんや同部屋の患者さんとのトラブルがあり、

敬遠されていると感じている様子。実際にそんなことが起こっているのかどうか?

真相は藪の中である。

ただ、そんな中にあっても、希望は持っていて貰いたい。自宅への帰還には、

相当の時間を要することを伝えつつ、帰った後のベッドの位置や食事、

介助の工夫など、ゆっくりと語り合った。いつになく、理解の頷きを見せてくれた。

これからだ・・・。

入院38日目~情緒不安定~

無理からぬことではあるが、今日の親父は不安定で、今にも壊れそうだった。

入院生活にも、そろそろ限界が近づいている予感がした。とは云え・・・

転院先はまだ見つからず、このままいけば、在宅看護の道しか無いのか?

そもそも、そんなことが今の段階で可能なものか?

寝苦しい夜になった。

2013年5月22日 (水)

入院37日目~点滴再開~

食事での栄養が摂れていないのだろうか?新たな栄養補給の点滴が

再開されていた。容態も芳しくは無さそうだし・・・。

日々体調に変化がみられる。足繁く病室に顔を出すより他に、

今やれることが無い、、、無力感。

2013年5月21日 (火)

入院36日目~まだ!~

転院のすすめを告げられて、幾日が過ぎたのだろう?

社会福祉士の方にお任せして探してもらっているのだが・・・。

やはり、それだけでは駄目なのか?もっと能動的・積極的に働きかけなきゃ

見つからないものなのか?

ただ、親父の中では、自宅以外は何処も却下なのだろうけど。

2013年5月20日 (月)

入院35日目~寒い?~

更に、寒いを連発する親父にせがまれて、自前の毛布を持参した。

面会時間終了ギリのタイミングで病室へ、、、で、

毛布を掛布団の下へ滑り込ませようとすると・・・

『もうよか!ぬくなった(もういい!、温まった)』 だって

まぁ、いいかぁ ^^;

2013年5月19日 (日)

入院34日目~肌寒い~

確かに冷房の設定温度以上に冷えてる感じはしていた。

薄い毛布とタオルケットの2枚では肌寒いと云うのは、親父の談。

まぁ、寒がりの親父らしい反応である。仕方なく、タオルケットを一枚増設。

入院33日目~穏やか~

今日の親父は穏やかだった!だからと云って、今すぐにでも退院したい

気持ちは変わらない。点滴も外れたし、左手の握力が少し増してきたのも

いい傾向か。まぁ、焦らず少しずつ。

2013年5月17日 (金)

入院32日目~戸惑い~

点滴が外れないのは気掛かりではあるが、2~3日前に比べたら

顔色もよくなり、かすれ声でよく喋るようになった親父。ただ、、、

相変わらず、自宅に帰りたい症候群が頻発して、挙げ句には、

『もうよか!あんた等で勝手にせんね。』と、怒りをぶちまける始末。

出来れば、今すぐ連れて帰りたいのは、俺も同じなのに・・・。

夢うつつ、、、感情の交差点で行き先に迷ってる親父の心境は、きっと病のせい

だと思う。長期の入院治療は辛い。口を付いて出る言葉に、過剰反応しては

いけないのも、分かってる。それでも、親父に憎まれているのかな?

なんて考えてしまう。正直、へこんでる。

2013年5月16日 (木)

入院31日目~1カ月経過~

入院生活が1カ月を迎えた。

看護師さんによれば、「長い目で闘病生活とのお付き合いを考えて欲しい」

とのこと。地に脚をつけて、この難局を乗り切る覚悟を決めた!

それはそうと、、、流動食のメニューが物足りないと云えるほどの食欲に感謝。

一歩ずつ、焦ら歩を進めることが大切だと実感している。

2013年5月15日 (水)

入院30日目~復活!?~

今日の親父は、幾分体調を持ち直した感あり  ・・・安堵!

入院してる時には、身体のみならず、精神的にも病んでしまう場合がある。

今の親父は、希望を持てずに苦しんでいる。心身ともに辛い状態なのだ。

俺にいったい何が出来る? ここにきて、改めて自問自答する。

2013年5月14日 (火)

入院29日目~失態~

食事介助で、危うく窒息させて仕舞いかねない、失態をしてしまった。

ナースコールに駆けつけてくれた看護師さん達の、適切な処置で

一命を取り留めた。顔面蒼白、、、血の気がひいた俺の顔。

ほんとうに、大事に至らず、不幸中の幸いだった。

このところ、ネガティブな思考に陥っていたが、どん底に落ちた感あり。

今日は、立ち直れず、、、寝る。

2013年5月13日 (月)

入院28日目~脱力~

日中、額に汗ばむ陽気となった。ベッドに横たわる親父も病衣のまま、

足元にタオルケットが畳まれていた。

少しばかり体調が優れぬ様子、、、無理からぬこと・・・希望が見えないから。

「このままなら、1度でいいから帰宅したい、家で寝たい。」

そんなささやかな願いすら、今の俺には叶えてあげることが出来ない。

今日も、また愚痴るしかないのか。

2013年5月12日 (日)

入院27日目~訴え~

”目は口ほどにものを云う”のである。

思うように喋れない親父の眼差しが、自宅に帰りたいと訴える。

しかも、不自由な両手を高々と掲げて・・・。返す言葉が見当たらない。

と、次の瞬間、、、かすれ声で、『俺は、もう帰りたい』が投げ掛けられた。

いったい、最優先されるべき現実は、何なのだろうか?この先、何処へ

向えばいいのだろうか?正解なんてあるのだろうか?

俺には、、、分からなくなった。

でも、親父の為、、、いや、俺の為にやらねばならぬことがあるのか?

ただ一つ、親父の意志が其処にあるのは、確かなことなのだから。

入院26日目~願い~

一晩寝て、親父の心境に変化があったのか?

弟夫婦と姪っ子家族の面会もあり、少しだけ落ち着いたように見えたけど・・・

『家に帰りたい!』その一念に変わりは無いのだと思う。

出来ることなら、今すぐにでもそうしたい、ただ、出来ない。

神様、、、僅かな時間でも、帰宅の願いを叶えて下さい。

2013年5月10日 (金)

入院25日目~ショック~

果たして、本人の意向は何処まで尊重されるのだろう?

こころは、帰りたいを訴えている。出来ればそうしてあげたい。ただ、

親父の現状が、それを許さない、、、と云うか、俺に介助の自信が無いのだ。

只今現在のすべてを捧げて、介抱してあげられるかと自身に問えば・・・

何とも親不孝な息子だと思えて、情けなさが胸一杯になった。

とにかく今日は早く休んで、明日、、、明日に頼むことしか、ない。

2013年5月 9日 (木)

入院24日目~アドバイス~

親父の今後の事について、ソーシャルワーカーさんに相談をした。

予想以上に親身になって話を訊いて戴けた。思いは通じたと思っている。

あとは、結果待ち、、、親父にとって、そして介助を担う俺達にとっても

goodな結果が舞い込めばいいのだが。

2013年5月 8日 (水)

入院23日目~悟り?~

夕食どきの、午後5時半ちょい廻ったころ、、、いつもの流動食が配膳される。

時間を掛けて完食する、、、『生きることは、食すること』を地でいく

親父の佇まいに、風情を感じた。

2013年5月 7日 (火)

入院22日目~こころ~

手足が不自由になり、言葉もはっきりと出せない親父の心境は・・・。

もちろん、計り知れないが、苦痛であるに違いは無いと思う。

先行きが定かではない自由の拘束は、耐え難い苦痛であるに違いないから。

だから、俺に出来ることを模索しつつ、親父の苦痛を和らげてあげたい。

今はそれだけが望みだ。

2013年5月 6日 (月)

入院21日目~床擦れ~

このくらいの入院期間になれば、そろそろ酷くなる頃なのだろうか?床擦れ。

これ以上の辛さを感じて欲しくは無いが、方法論の知識が無い。学習しなければ。

それにしても、両足が細ってきた。無理からぬことだが、何とかならないものか?

少しでも早く、リハビリ施設に転院すべきなのだろう。

2013年5月 5日 (日)

入院20日目~苦痛~

人は、自己中心的な生き物だと思う。ことに、病弱で入院中ともなれば、

我がままになるのも、致し方ない。そんな人も、沢山いる。

今回の親父は、ずいぶん我慢が出来ているような気がする。・・・だけど、

辛抱も限界に近づいている訴えた。息子として、人として、人間として、、、

果たして何が出来るか、正解はを手繰り寄せられるのか?

又しても、難しい舵取りが待っている。がんばろう!俺。 

2013年5月 4日 (土)

入院19日目~曾孫のお見舞い~

姪っ子の子供達が、親父を見舞ってくれた。それだけで、感謝である。

只今の病状は、はっきり云って分からない。完治は望めないかもしれないが、

せめて両腕・指先に力が戻ればと思っている。

その為にも、一日も早く本格的なリハビリを行える病院への転院が必要なのかもしれない。

2013年5月 3日 (金)

入院18日目~一進一退~

日替わりのような病状が、悩ましい。ただ、今日は幾分体調がいいのか、夕食はほぼ完食!

GWも後半戦のはじまり、、、巷の喧騒も、ここには届かない。

あるのは、患者さんの寝息と機材の動作音。そして、ナースコールの電子音と

駆けつける看護師さんの足音、、、積み重なってる紙おむつ、窓辺に置かれた見舞い品。そして、微妙な枕の高さを調節している、バスタオルにアンパンマンの絵。

病室と云う特異な空間が、普段と交錯する不思議な瞬間である。

2013年5月 2日 (木)

入院17日目~勧告~

転院への誘い、、、看護師長さんから。病院の内情は知らない、ただ理解もできる。

もっと重篤な患者さんや救急搬送者にベッドを空けないといけないのだ。

一方、当人の親父の思いは・・・判断は容易ではない、最善は尽くす所存。

それにしても、無知は罪だと分かった。52年も生きて来た甲斐が無い。

俺は何と情けない人生を送ってきたのか、、、親父を助けてもあげられない。

親不孝の極み、、、最低だな。

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