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2016年6月 8日 (水)

月命日 2016年 水無月

昨日のお上人様は、午後2時半から約4時間のご滞在。

お話があまりにも衝撃的で、絵空事のように

思われかねないので、割愛させて頂くことに。

なので、、、今までどうしても書けなかったことを綴る。


昨日は、3年が経過し4年目に入る親父の祥月命日にあたる。

3年前の6月5日、親父は自宅近所の小規模病院に転院した。

すでに半身不随で身動きが取れない状態での長期入院は、

地域の中核総合病院にそぐわない患者であったことは明白だった。

国の自宅介護を推奨する現状も、そのアシスタントとなったろう。

今ではごく普通の流れ作業だけど、当事者には違和感満載のまま、

転院は粛々と静かに見送られることもなく遂行された、仕方なく。


病院同士の申し送りがどうなっていたのか?知る由もなく居ると、

受け入れ側の病院が、何やら慌ただしい動きを見せ始めた。

どうやら、思いのほか病状の重い親父の様子に戸惑いを隠せずに、

すぐさま検査をするという、、、前の病院で転院前に済ませている

にも拘わらず、疲れて喋ることさえ儘ならぬ親父が居ると云うのに。


入れられた集中治療室らしき部屋には、先客が数人おられた。

どの方も重症なのだが、中でも親父は重篤に見受けられた。

あてがわれた流動食も、なかなか喉を通らず、厳しい状況を感じた。

「転院は失策か!」俺の中で後悔と焦燥感がない交ぜで襲ってきた。


実はこの転院してきた病院で約40年前、母親を亡くした親父だった。

何があったかは知らないがそれ以来、この病院の名前すら嫌がった。

そんな病院と知りつつ俺は、他に受け入れ病院が見当たらないと云う、

中核病院の情報を鵜呑みにして、親父を説得し転院をしてしまった。

親父の一言、、、「もうよかたい、勝手にせんね。」

それが、親父が残してくれた、聞き取ることの出来た最期の言葉。



終わり無き 懺悔の儀式 月命日

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