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2017年1月

2017年1月31日 (火)

お袋の入院13日目 ~転院予告~

今朝は月末と云うこともあり、事務関係で忙しくしていた。

銀行で、携帯電話がいつものポジションに無いのに気づく。

洗面所の何処かに置き忘れたことを思い出したので、

もう一軒の訪問を後に回して、帰宅の途についた。


帰り着くなり、洗面所の携帯電話のもとへ急ぐ。

幸いにも、病院からの緊急電話は掛かっていない。

と、、、このタイミングで病院からの着信が入る。

主治医の先生から、現在の病状報告と転院手続きの

状況を医療相談員から連絡させる旨のお知らせだった。

余りにも絶妙なタイミングに、ドキドキと安堵感が入り混じる。


そして間髪入れずに今度は、家の電話に病院から着信。

医療サポーターからの電話は、転院の準備が整ったとの報告。

本人と家族の同意が得られれば、明日にでも、、、

矢継ぎ早に感じたので即答を避け、

兄弟と相談の上折り返すと告げて、電話を置いた。


文字道理に膝突合せ、胸襟を開いて忌憚のない話し合いをした。

結論は、お袋の明日の状況を最優先にしながら、

可能であれば転院を受け入れることにした。

転院を勧めるくらいだから、それなりの時間は残されているはず。

今より少しでも、快適な状況を確保出来るであろうことを信じて、

そのことだけを、ただひたすらに願っての同意だった。

お袋の入院12日目 ~酸素投与~

孫の面会で気分を良くしたお袋だったが、

昨晩から、鼻カニューレで酸素投与始まっていた。

採尿バッグも付けられていて、少し窮屈そうだ。

微熱も変わらずにあり、解熱シートが手放せない。

頑張って元気を装ったのか、少し反動が出たようだ。


食事は出されていたのだが、殆ど手つかずだったようで、

今朝にはお袋が、食事はいらないと断わりを入れたらしい。

その旨を確認すると、、、

食欲が湧かないし、食べても戻しそうだからと云う。

喉を潤す温めのお茶が、唯一口から入る物になる。


確かに状況は、日を追うごとに少しずつ悪化しているようだ。

積極的な延命治療を願わなかったことの判断が

正しかったのかどうかは分からない、ただ、、、

お袋の今を大切にしたいと願う気持ちはそこにある。

ただそのことのみを思い、明日の奇跡を希う俺がいる。

2017年1月30日 (月)

お袋という人

2013年03月03日 『長閑な一日』

その記事の中で、お袋のことをこんな風に書いている。

 

” 概ね穏やかな性格の持ち主であるお袋だが、ここぞと

云う場面では、開き直って大胆な発言や行動に打って出る

荒々しさも兼ね備えている ”、、、流石である。


お人好しで不器用な親父を補佐し、時に引っ張ってきた。

夫婦して商売には不向きな性格ゆえ、長く借金に追われる日々だった。

それでも何とかなるの精神で生き抜いて来た、、、肝っ玉かあさん。


お袋の一日の始まりは午前6時半。

着替えを済ませて、血圧と血糖値の測定をはじめる。

それを済ませると、しばしソファーでくつろぐ。

思い出したかのように、顔を洗い歯を磨きに洗面所へ。

そこからはフリータイム、、、クロスワードパズルなどに

興じるか、テレビで間を繋ぐ。


一連の朝の儀式の締めくくりは、神棚と仏壇へのご挨拶。

殊に仏壇にはお経を唱えるのが日課である。


後は、時おり自転車漕ぎ健康器具で運動をし、

一日の大半を、お気に入りのソファーで過ごす。

好きなテレビ番組は、刑事ものとサスペンス。

それにスポーツやクイズ番組もお気に入り。

クロスワードパズル、特にナンクロが大好物。


最近では滅多に無い、来客の相手をすることも。

日に数回掛かる電話応対は、お袋のメインイベント。

食事は何でも美味しくいただくのをモットーにしている。

就寝時間は午後10時、、、寝就きは頗るいいは、本人談。



激動の昭和という時代を、そして閉塞感漂う平成の世を、

お袋という生き方で、ただ淡々と歩んで来た大和撫子。



そして今を、ただ粛々と生きて欲しい、、、粛々と。

お袋の入院11日目 ~遠方の孫2日目~

朝、2度目の面会に出向く。昨日より少し体温が高い。

孫の見舞いに気づき、笑顔で応えるお袋。


ちょうど点滴が終ったタイミングで、ナースコールを押した。

すぐさま、次の点滴液が用意され、また点滴の再開。


その一部始終を見終えたことを合図に、

孫の見舞いも終りを迎えようとしていた。


またねの挨拶を交わし、ハイタッチそして握手すると、、、

握り返すお袋の手には、思いもよらぬほどの握力があった。

それは孫にも伝わっていた。


うまく表現できないけど、
「まだ、いける、、、大丈夫!」

ストレートにお袋の生命力が入ってきた瞬間だった。


孫や曾孫の力は、こんなにも絶大なのかと感じた11日目だった。

2017年1月29日 (日)

お袋の入院10日目 ~遠方の孫~

神奈川に住む孫(妹の長男)が、お見舞いに来てくれた。

何度も恐縮していたお袋だったが、

いざ孫の顔を見ると感激したのか、握手を求めたりした。


相変わらずの黄疸と微熱、少しずつ身体の力が抜けてく、

穏やかな佇まいはそのままに、このままが続くのならば

それはそれでもいいような、、、そんなきにさせるお袋の今。

2017年1月28日 (土)

お袋の入院9日目 ~転室~

いつもの所作で入室の許可を得るべく

ナースセンターでお袋の名前を告げると・・・

 看護師 「〇〇さんのご家族ですか?」

 俺   「はい」

 看護師 「HCU室が空きましたので、そちらに転室になりました」

 看護師 「ICUから本来はHCUでしたが、満床でしたので、、、」

どうやら当初、ナースセンター横の見守り部屋に入室するはずが、

今日になったということで、容態の急変では無かったことに安堵した。


HCUは横長の3人部屋で、お袋のベッドは
ナースセンターから、

ガラス越しに見渡せる位置にある。

重篤な状態であるのだから致し方ないが、

一般の病室に比べると、機材や計器で物々しい。


いつもの点滴液に加えて、黄色い点滴液が投与されていた。

血液型が明記されていたところをみると、、、血液製剤か?


どうにか寝返りは出来るものの、その後はため息を。

胸には心電図のパッドも張り付いている。



黄疸がひいて食欲も出て、リハビリに励んで歩ければ、

きっと退院できる、、、そう信じている。

それは、お袋ばかりで無く、俺も同じこと。


そんな奇跡は起こらないものか!

2017年1月27日 (金)

お袋の入院8日目 ~疲労~

入院も一週間を越した。

病室には2人、、、semi個室、なんて言わないかな?


今日のお袋は少し疲れたような素振り。

昨晩から続く、微熱が気になる。


遠方に住む孫が、見舞いに来るのを申し訳ないと云い、

下着や入院衣、それにオムツ替えの世話を気遣うお袋。


もういいんだよ、そのことは。

身体が辛いのに、気苦労まで。


妹が顔を拭い、足を拭いた。

俺はただ、点滴後で紫色の腕を摩った。

両手で小さく細いお袋の手を包んでみた。

お袋の熱を、手の平に感じた。


もういろいろと考えたくない、、、ない。

2017年1月26日 (木)

稀勢の里寛(ゆたか)

大好きな相撲のことが、稀勢の里のことが気に掛かっていた。

もちろん優勝は難しいと思っていた、、、何故なら、

これまでの戦いぶり、肝心かなめで失速する癖。

それと、立ち合い下手に腰高とくれば、

どんなに序盤で好調でも、終盤には取りこぼす、

そんな風に侮っていた。


ただ今場所は運やツキがあった、そして・・・

それをものにするだけの度量があった。

それに昨年の初場所は、大関琴奨菊が日本出身力士

10年ぶりの優勝を飾ったほどに縁起のいい場所。

奇しくも一年後の今場所には、稀勢の里が初優勝を遂げ、

琴奨菊は大関を陥落した。これも相撲なのだ。


艱難辛苦を乗り越え、よくぞ第72代横綱を襲名したものだ。

されどここからだ!稀勢の里。

亡き師匠鳴門親方(横綱隆の里)の偉業を越えよ!

今のあなたなら、、、出来る!


Images_2

 ~稀勢の里 Google画像 参照~

お袋の入院7日目 ~お昼寝~

エレベーターを出て左に折れ少し行くと、

マスクと消毒液が用意されたカウンターワゴンが

病室への動線を遮る格好で配置されている。

その先にナースセンターがあり、そこで入室の許可をとる。


病室に入ると、また一つベッドが空いている。

インフルエンザのせいなのか?

お袋はスヤスヤお昼寝の最中、、、変わりは無いようだ。


額に手を当て体温確認をしていると、徐に目を覚ました。

 お袋「あっ、来とったね。」

 俺 「今たい! 寝とったごたるね、、、大丈夫ね?」

 お袋「うん、どげんなかよ。」

 お袋「ばってん、ご飯は食べとらんたい」


もう一週間ほど、ほとんど食事をしていない。

点滴で栄養の補給はしているが、それでは体力が戻らない。

それに、血糖コントロールも難しくなっている。

何より感染胆汁の排出が滞っている以上、

突然の発熱や敗血症による多臓器不全が危惧される。

予断を許さない重篤な状況なのは変わりないのに、

何と穏やかなお袋の佇まい、、、すべてが嘘のようだ。

 

2017年1月25日 (水)

お袋の入院6日目 ~追記~

俺には賢明な妹と、頼もしい弟がいる。


医療コーディネーターから転院の話があり、

〇〇病院を選択肢としてリスペクトしていることを、

妹とのlineで知った弟が、仕事帰りに立ち寄った。


冷静な判断が出来得る立場の弟は、静かに話し始めた。

「〇〇病院のホームページによると、患者が病名、病状、

 そして予後について理解をしていることが望ましい、、、

 そんな風に書いてあるから、このことをお袋にどう説明する?

 前回の入院のように、2週間ほどで退院出来ると思っとるよ。

 コーディネーターに、どの程度の病状認知が必要なのか?

 そのことが転院条件にどう反映されるのか?

 それを確認してもらってから〇〇病院への転院を考えても

 遅くないし、今のお袋の状態を見守るのが先じゃないと!」


弟は入院当初から、転院には慎重な態度を示していた。

親父が転院から、僅か3日で亡くなったことが引っかかるのだ。

それに、今のお袋の状況は不思議なくらいに穏やかだから。


ずっと一緒に暮らして来た俺は、感情がどうしても優先するから、

冷静を装い過ぎて、早計に判断することがあるようだ。

その点、弟は若いころから外に出て、荒波を経験しているからか、

精神的にタフで、逆境にも強い、、、そう思う。

賢明な妹は、俺に配慮しつつ弟の意見を受け入れようと云ってくれた。


お袋の病状が重篤であることに変わりは無い。

大事なのは、お袋の今、、、体と心のケアーのこと。

思いはみな同じなのだから。

お袋の入院6日目 ~退院支援~

インフルエンザまん延注意報発令中でもあることだし、

昨日は午後からの一度だけ、それも短時間の面会にした。


入室してしばらくすると、携帯が鳴った。

来院中に、その病院からの着信だった。


電話の相手は、院内支援センターの担当者で、

内容は、退院(転院)支援の計画について、

俺および家族・親族などと、話し合いをしたいとのこと。

ちょうど来院していると告げて、話すことにした。


支援センターの担当員は、丁寧に話を進めてくれた。

言葉を選びつつ、こちらの心証を害さないような配慮もあった。

内容は、主治医から説明を受けていたことのリピート。

この時期に転院の話を切りだすことの理由は分かる。

今は、どこでもそのようなシステムであることも。


されど・・・


これは何処かで通った道、、、観た景色。

親父の時も、そうだった。

だから敢えて、話を遮ってまで主張した。


「お話は分かります。ただ、それならば〇〇病院さんを

 お願いします。この地域で唯一、終末期緩和医療を

 主たる目途で取り組んでおられる病院であると聞き及びます。」

「是非にも〇〇病院さんとの連絡をお願いします。」


もちろん、この総合病院と〇〇病院との間に、

関連性のあることは知っていた。評判も織り込み済み。

親父のこともあって、少しは学習していた。


パーフェクトな解答は、きっと無い。

ただ、親父の思いを繋ぎたい。

悲しんでばかりはもう、、、いられない。

2017年1月24日 (火)

夢をあきらめないで

♫あなたの夢を あきらめないで

  熱く生きる 瞳が好きだわ

  負けないように 悔やまぬように

  あなたらしく 輝いてね・・・


夢をあきらめないで


 唄・作詞・作曲 岡村孝子 


YouTube: 夢をあきらめないで 岡村孝子

 

お袋の入院5日目 ~インフルエンザ~

朝の仕事を済ませ、病院へ急ぐ!

病棟のエレベーターが開く、廊下でマスクをはめて

アルコールジェルで手を拭い、いざ病室へ。

すると、、、

いつもは開いている病室の引き戸が閉まっていて、

こんな貼り紙に胸騒ぎ。

” 入室の方は、ナースセンターまでお越しください ”

「何なにナニ??? なにがどうなった?」

すぐに、いま通り過ぎてきたナースセンターへ戻る。


どうやら、患者の一人がインフルエンザに感染したらしい。

お袋を含めた同室の3人には、今のところインフルエンザの

兆候はみられないが、大事を取って入室確認をしているとのこと。


長居はせぬを条件に入室する、、、
お袋も開口一番!


 お袋「インフルエンザの流行りよるげなたい!」

 お袋「面会も短くせなんてよ」

  俺「うん、聞いたよ、、、母さんは大丈夫ね?」

 お袋「大丈夫よ、どげんなかたい、、、熱も無かよ」


心配は尽きないが、何かあったらすぐに知らせるを信じて、

後をナース諸氏にお任せし、後ろ髪を引かれる思いで、

病室を後にした。

2017年1月23日 (月)

お袋の入院4日目 ~前向き~

日曜日の昨日は、朝から病室へ出向く。

お袋のベッドでは、看護師さんが何やら処置の最中。


しばらくして、すべての作業を終えた看護師さんが

退室したのを確かめて、お袋の傍へ。


相変わらずの黄色い顔だが、微熱以外は

概ね普段のお袋がそこに寝ていた。

朝食はやはり食べなかったようで、

点滴が2本、、、止む無しか。


お袋 「ほぉ、来たね!」

俺  「いま来たとこたい」

俺  「どげんね、具合は?」

お袋 「うん、暇たい!」

俺  「そうね、ならクロスワードパズルでもするね?」

お袋 「いやぁ、退院してからでよかよ」


告知のことは覚えていないのかな?

あるいは、主治医の小声のせいで聞こえなかった?

それとも、知ってて知らぬ振り?

・・・心配させまいと。


何れにせよ、さすがお袋、、、どこまでも前向きだ。

 

2017年1月22日 (日)

お袋の入院3日目 ~食事~

点滴2本に繋がってはいたが、穏やかな寝息で

すやすやおやすみの最中に病室入りした。

キャンセルが難しい仕事を終えての来院のため、

時刻は午後4時を回っていた。


早速の昼食が運ばれた様なのだが食欲が無く、

デザートのみかんゼリーを少し食したくらい。

それで2本の点滴だったんだと腑に落ちた。


相変わらずの黄疸は変わりない。

しばらくして目を覚ましての第一声は、、、

「あっ、来とったね!仕事、終ったね?」


今日はきのうに比べれば暖かい一日。

明日も寝息のように、穏やかであれ。

2017年1月21日 (土)

お袋の入院2日目 ~胆汁排泄術~

黄疸の原因は、肝臓の出口付近から胆管に出来た

悪性腫瘍による胆汁の流れの遮断にあった。


がんのステージはⅣ、、、末期との診断。


以前から、延命治療を由としないお袋の気持ちは知っていた。

手術も頑なに拒絶していたのも分かっていた。


ただ、癌の根治は難しくとも、黄疸を何とか鎮めて

少しでも安楽な終末期を過ごして欲しい、、、

そのことで、一日でもいいので自宅で過ごして欲しい。

亡き親父が叶わなかった思いを、お袋には味わって欲しい。

その一心で、内視鏡的逆行性胆汁排泄術(ERBD)の

施術を受け入れた。


結果は、癌の範囲が広く強固で、

排泄用チューブの設置が出来なかった。

お袋の状態を考慮して、これ以上の施術は妥当では無い。

いたずらに苦痛を与えて、体力気力の減退を招くとの判断。

感染胆汁の排泄は難しくなった。

この後のことは・・・

とにかくここまでにして、疲れたお袋を休ませた。

2017年1月20日 (金)

このブログの、切っ掛けは。

何気ない日々も、こうやって綴っていればきっと、

掛けがえの無い時の宝箱になるのかもしれない。

そんな思いもあり、このブログをはじめたのが、

2013年2月23日(土)のことだった。


それから亡き親父の通院日記や介助日誌などなど、

綴っていると親父の入院日記となった。


2015年の4月に入院したお袋の入院日記もある。

でも今回は迷っていた、書き綴るべきなのかと。


前置きが長くなってしまった。

お袋は今、病院のICUに居る。

極めて重篤な状況にもかかわらず、

昨晩は意外なほどに穏やかだった。

状況を判断出来ないで居るだけ

なのかもしれないけれど・・・。


この入院日記を綴ることは
やはり、

俺の何気ない日常の延長線上にある。

その思いだけで、前を向くことにした。

 

2017年1月19日 (木)

大丈夫、、、かな。

今日は、お袋の通院日。

血糖コントロールのことに注視し過ぎて、

あることに気が付けなかった。


どうやら黄疸が出ている、、、肝機能に異変が?

そう云えば、前回の血液検査で数値に異常があったが、

年齢からくるものとして、それほど指摘はされなかった。


ここ数日食欲が無いようだし、昨日は特に少なかった。

トイレには頻繁に行くし、何だか怠そうにも見えた。

妹の来訪で気づかされた現実、、、とにかく通院だ!

むかしばなし

今から36年前、家電メーカーの研修センターで

基礎から応用までの研修を受けたころのお話。


北は北海道から南は沖縄まで、各地の家電販売に

携わる老若男女が集って、共に研鑽を積んだ。


興味深かったのは、アンテナ工事の話。


秋田市内の大きな販売店従業員の方の話では、

冬は、アンテナに雪が積もって映らなくなるので、

雪落とし作業で忙しいのだが、それが高じて、

冬期は雪下ろし作業を副業とする家電屋さんも

少なくは無いと話していた。


一方、南の沖縄から来ていたデンキ屋の息子さんは、

強い台風に見舞われることが多い地域なので、

昔からテレビや無線のアンテナは、自分で設置する

人が多く、台風シーズンはその都度アンテナを

簡単に取外し取付可能なように工夫するらしいのだ。

だからテレビは納めても、アンテナ工事しないことが

多いと云っていたのを思い出す。


アンテナに限らず、地域や習慣の違いが、

同じ商品や部材への関わり方にも変化を与える。

興味深いものを感じたと同時に思ったのは・・・


” 日本は、何と南北に長い国なんだ。"


不意に思い出した、、、むかしばなし。

2017年1月18日 (水)

ドコモ dカード アップルペイ

ひつこいようだが、、、あとひとネタ m(_ _)m

DoCoMo d-CARD Apple Pay


いつものコンビニのレジに並んでいると、

前の若者が、、、

「アップル・ペイで!」


そう云ってスマホをかざし、タッチする所作を目撃!

「何何なにぃ~??? 🎶、、、アップル・ペイ?」

年明けめったに耳にしないフレーズだけが思いつき、

スマホで会計を済ませているのだろう、

こと以外は入って来なくて (-_-;)



PPAPならぬ、、、DdAP!



お粗末さま。。。




2017年1月17日 (火)

ボランティアの日

1995年1月17日、阪神淡路大震災が多くの市民を

ボランティアの境地へと誘った。


地震列島に生きる日本人に、震災の恐怖を

痛烈なまでに刻み込んだこの日を、

ボランティア元年と定めた。


大いなるボランティアのうねりは、

小さな繋がりの気づきに起因する。


何も出来ないと嘆く先の気付きが、

少しずつ集まれば、いつしかきっと

大いなるボランティアの渦になる。


そんなことを思う、、、ボランティアの日。

2017年1月16日 (月)

ヒトリシズカ

トイレに貼ったカレンダーには、野草があしらってある。

何気なく目をやると、小さく可愛らしい草花に留まった。


『ヒトリシズカ(一人静)』

センリョウ科、チャラン属の山野草。

花言葉・・・静謐(せいひつ)、隠された美。

因みに静謐の意味は、静かで落ち着いているということらしい。



ひとりしずか、、、トイレだけに!

Imageszxc

      ~ヒトリシズカ Google検索 参照~ 

2017年1月15日 (日)

ポピュリズムと、しあわせ。

自分の身の周りにある些細な不平や不満。

積り重なり、いつしか大きなうねりと成る。

それだけなら、事は鎮まるのかもしれないが、

其処に先導し掌握するカリスマが現れれば、

そのうねりは渦となり民衆を、国をも動かす。


大衆は、煽るポピュリストに翻弄された歴史をもつ。

荒ぶるポピュリストは時として、危うき指導者と化す。

世の不平不満、不正腐敗を正すポピュリズムのエネルギーは、

改革を強く押し進める原動力として、必要なのかもしれない。

しかし、その方向性に狂いが生じるような力が働けば、

新たな不満腐敗の連鎖に陥るどころか、

すべてを瓦解しかねない状況をもたらす、、、

ポピュリズムとは、常に諸刃の剣を併せ持つということ。


人のしあわせは、、、どこにあるのだろう?

くらし、もの、お金、、、時間、家族、人。

俺のしあわせって、、、なんだろう?



お袋が、ホロホロ暖かな部屋で転寝してる。

そろそろ起こして、血糖値を計らなきゃ。

交差点での出来事。

広い幹線道路との交差点から10mほど先に、

脇へのそこそこ広い左折道路が繋がっている。


目の前の信号は青、、、先の左折道への信号も青。

幹線道路との交差点を通る時、右手にミニパトの右折待ちを確認。

左折道路に掛かる横断歩道を、今まさに横断して来る高齢者も確認。

「今のタイミングなら、歩行者の妨げにならずに左折できる」

そう踏んだのだが、右折待ちのミニパトの存在が気に掛かった。

その一瞬の躊躇が左折のタイミングを逸した。


横断中の高齢者は杖をつきながら、ゆっくりと歩みを進める。

そんな時、後続車が背後にピッタリ迫るのを感じた。

どうやら、なかなか左折しない俺に焦れての威嚇か?

それとも横断者へ、早く渡れの催促アピール?

そんな時間は短くても、充分に長く感じるもので、

とうとう後続車のクラクションが唸りを上げた!


そう来ることの予感はあったが、横断者はまさに目の前。

いまのタイミングでの左折は事故になる、、、無理。

更に最後通告のように、強めのクラクションが鳴る。

その音が終るや否や、、、今度は『ウゥーーー』。

後続車の更にその後ろについていたミニパトが唸る。

何やらスピーカーからも、声が出たような?


「速やかな交差点通過を妨げていた俺への警告か?」

高齢横断者が渡りきったのを確認して左折し、

その先で路側帯に停車し、ハザードランプをあげた。

 


後続車がスーッと俺を追い抜いて行くと、、、

その後を追って、ミニパトが『ウゥ―――』。


??? ??? ???

これはいったい?、左折待ちで何が、、、誰がいけない?

後続車の唸りが、ミニパトの逆鱗に触れたのか?

ミニパトの存在を気にし過ぎて躊躇した俺の判断ミスもある?

だけどあの左折待ちに、どれほどの時間が費やされたのだろう?

せいぜい数秒のことだったとは思うのだが。

後続車の運転手は、あれからどうなった?



いろいろ考えながらも、帰宅の途についた。

 

2017年1月14日 (土)

寒波

去年の1月末、、、あちこちで断水の騒ぎになった。

寒波による水道配管の凍結破損がおもな原因だった。


今週末も、その怖れありをふれ回る広報車。

「露出水道管には、断熱カバーなどの処置を!」

そんなことを連呼していた。



お袋のこと、、、

血糖値のコントロールは、まだ難航している。

師走16日から大晦日まで、そこまでは安定していた。

なのに、、、線引きしたように、今年に入るや否や、

高い値をキープするようになってしまった。


そんなに間食をしているようでもないしなぁ?

二の腕接種の神話が崩れて行く。


寒波の襲来は、水道管ばかりか

インスリンの効き目までも

完全凍結させるのか!

 

2017年1月13日 (金)

積木の部屋

♫いつの間にか君と 暮らしはじめていた

  西日だけが入る せまい部屋で二人

  君に出来ることは ボタン付けとそうじ

  だけど充ち足りていた・・・


        積木の部屋

唄 布施明 作詞 有馬三恵子 作曲 河口真

 

 


YouTube: 布施 明 - 積木の部屋 - 1974

 

知らぬもの

人は見かけによらぬもの。そんな風にいうけれど、

実はその人のことを知っている様で知らないから。


寡黙で愛想の無い人と思っていたご近所の男性が、

リサイクル収集の場の、輪になった中心で話し込んでる。



人のこと 知っているようで 知らなくて

知らぬは己が  ただ知らぬだけ

2017年1月12日 (木)

ある政治家のことば

昨日の朝日新聞(朝刊)にあった『折々のことば』。

ある大物政治家が、今は大物になった若かりしころの

配下の政治家に対して、言い放った言葉。


「お前は常に自分が正しいと思っているだろう。

 しかし正しいことを言う時は人を傷つけると

 いうことを知っておけ。」

     ~朝日新聞社 折々のことば から~



言葉は、薬にも毒にもなるということなのか!

鷲田清一氏の解説は、新聞を参照のほど。

2017年1月11日 (水)

レジといえば (-_-;)

年が明けたから、3年ほど前になるのか?


行きつけでは無い、大型商業施設内の食料品売り場で

買い物をして支払にレジへ並ぶと、、、長蛇の列。


やっと順番があと一人のところまでこぎ着けたら、

上品なご婦人が、、、

「チャージは現金?クレジットカードでも出来るの?」

「はい、どちらでもよろしいですよ!」

レジの店員さんと、そんな風なやり取りをし出した。


実は今でもよく分かってはいないのだが当時、

そのチャージなる現象が全く分からないものだから、

この店舗には、しきたりや習わしがあって、


” 常連さんには通じても、一見さんはちょっと無理 "


そんな感じに聞こえてしまい、これはヤバいぞとなった (-_-;)

そうなると、周りの景色も話し声も、、、

” チャージでレジ " にしか思えないし、

そんな風に俺一人、はやし立てられている様な。

買い物をして、お金を払うだけなのに、

違反切符でも切られるような、もう何だか

訳も分からない状況に陥った経験がある。

それに、「チャージでレジ」って何のことだか?



レジ周りの話は、ほんとうに尽きないなぁ (^^;

 

 

2017年1月10日 (火)

残念な。

仕事帰りに立ち寄ったディスカウントストア。

レジに並ぶと前に二人の客、、、少し違和感。


どうやら一人目の領収書発行に手間取っている様子。

二人目が少し苛立ち始めたころ、棚作業をしていた

女性従業員さんが、レジ近くに迫って来た。


流れだと、レジ打ちの方が応援を告げる頃合い。

そう感じていると、、、

「13番お願いします」

レジ打ち応援催促用語がアナウンスされた。


当然横で棚作業中の女子従業員さんが手を止めて

レジに入ると思いきや、離れた所から高校生バイト風の

男性従業員が小走りで俺のいるレジにやって来る。

少し苛立ちぎみでレジ待ちの客に寄って行き、

レジ台にすでに載っているカゴに手を掛け乍ら、

「お客様、2番レジが空いております」

そう声掛けをしたら、、、そのお客は、

「いやもう打ちよるし、わざわざ2番には行かんばいangry

少し興奮を押し殺すように、小声で若者をたしなめる客。

すでにレジ打ちは始まっていたのだ。


「あっcoldsweats02失礼しました」の声が、次の流れと思いきや、

「では、次のお客様(俺のこと)2番レジへどうぞ!」

満面の笑みで俺を、2番レジへと促す若者だったが、

其処には既に、先読みで2番レジに並んでいる客の姿。


結局俺は、2番目のポジションへスライドしただけ

何とも残念な若手従業員と、スライドしただけの俺だった。

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