アンティーク時計
福岡の天気
名言集
祝日カウントダウン
Sakura Calendar
野菜today
ガソリン価格

gogo.gs
フォトアルバム

« ひと段落 | メイン | 「よー、そこの若いの~Amazing Grace」 »

2017年8月24日 (木)

父方の伯母

親父は、母子家庭で育った。自分の父親の記憶は無い。

詳しいことはわからないが、親父には姉がいた。

3人いた姉のうち、2人は幼くして亡くなり、

歳の離れた長姉は、鉄道員と結婚し満州へと渡った。


姉(伯母)夫婦は満州で2人の子供を授かったという。

戦後、命がけの帰還も実らず、満州の地で果てたとの

不確かな知らせを、漫然と信じることの出来ない親父は、

ほかになす術もなく、ただ中国残量孤児のテレビ放送を、

食い入るように見ていたのを覚えている。



そして時は経ち、、、

先日テレビのニュースで、満州からの引き揚げ者の方の一人が、

戦後72年にして、満州での日本人の生きた証となる資料を

精査してもらうべく、大学の研究者に依頼をされたと聞いた。

満州での開拓民として、当時の日本人が如何にして働き、

家族を育みコミュニティーを築いて行ったのか。

そして終戦間際、、、

ロシア侵攻で、塗炭の苦しみにあい、望郷の念虚しく

亡くなっていった市民の無念を思うとき、

彼らがそこで確かに生きたその足跡を記録に残すことは、

彼の地に眠る開拓民の悲願であり、そしてそれはきっと、

引き揚げ者の方々にとっても、同じ思いであるに違いない。


俺にとっても、父方の伯母の存在は知る由も無く、

今となっては是非も無いが、専門家の精査を待てば、

満州鉄道に勤務されていた方々の生活の一部でも

垣間見ることが出来るのかもしれない。

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.bbiq.jp/t/trackback/605037/34078302

父方の伯母を参照しているブログ:

コメント

コメントを投稿

コメントは記事の投稿者が承認するまで表示されません。