カテゴリ「入院日誌」の記事 Feed

2017年1月30日 (月)

お袋の入院11日目 ~遠方の孫2日目~

朝、2度目の面会に出向く。昨日より少し体温が高い。

孫の見舞いに気づき、笑顔で応えるお袋。


ちょうど点滴が終ったタイミングで、ナースコールを押した。

すぐさま、次の点滴液が用意され、また点滴の再開。


その一部始終を見終えたことを合図に、

孫の見舞いも終りを迎えようとしていた。


またねの挨拶を交わし、ハイタッチそして握手すると、、、

握り返すお袋の手には、思いもよらぬほどの握力があった。

それは孫にも伝わっていた。


うまく表現できないけど、
「まだ、いける、、、大丈夫!」

ストレートにお袋の生命力が入ってきた瞬間だった。


孫や曾孫の力は、こんなにも絶大なのかと感じた11日目だった。

2017年1月29日 (日)

お袋の入院10日目 ~遠方の孫~

神奈川に住む孫(妹の長男)が、お見舞いに来てくれた。

何度も恐縮していたお袋だったが、

いざ孫の顔を見ると感激したのか、握手を求めたりした。


相変わらずの黄疸と微熱、少しずつ身体の力が抜けてく、

穏やかな佇まいはそのままに、このままが続くのならば

それはそれでもいいような、、、そんなきにさせるお袋の今。

2017年1月28日 (土)

お袋の入院9日目 ~転室~

いつもの所作で入室の許可を得るべく

ナースセンターでお袋の名前を告げると・・・

 看護師 「〇〇さんのご家族ですか?」

 俺   「はい」

 看護師 「HCU室が空きましたので、そちらに転室になりました」

 看護師 「ICUから本来はHCUでしたが、満床でしたので、、、」

どうやら当初、ナースセンター横の見守り部屋に入室するはずが、

今日になったということで、容態の急変では無かったことに安堵した。


HCUは横長の3人部屋で、お袋のベッドは
ナースセンターから、

ガラス越しに見渡せる位置にある。

重篤な状態であるのだから致し方ないが、

一般の病室に比べると、機材や計器で物々しい。


いつもの点滴液に加えて、黄色い点滴液が投与されていた。

血液型が明記されていたところをみると、、、血液製剤か?


どうにか寝返りは出来るものの、その後はため息を。

胸には心電図のパッドも張り付いている。



黄疸がひいて食欲も出て、リハビリに励んで歩ければ、

きっと退院できる、、、そう信じている。

それは、お袋ばかりで無く、俺も同じこと。


そんな奇跡は起こらないものか!

2017年1月27日 (金)

お袋の入院8日目 ~疲労~

入院も一週間を越した。

病室には2人、、、semi個室、なんて言わないかな?


今日のお袋は少し疲れたような素振り。

昨晩から続く、微熱が気になる。


遠方に住む孫が、見舞いに来るのを申し訳ないと云い、

下着や入院衣、それにオムツ替えの世話を気遣うお袋。


もういいんだよ、そのことは。

身体が辛いのに、気苦労まで。


妹が顔を拭い、足を拭いた。

俺はただ、点滴後で紫色の腕を摩った。

両手で小さく細いお袋の手を包んでみた。

お袋の熱を、手の平に感じた。


もういろいろと考えたくない、、、ない。

2017年1月26日 (木)

お袋の入院7日目 ~お昼寝~

エレベーターを出て左に折れ少し行くと、

マスクと消毒液が用意されたカウンターワゴンが

病室への動線を遮る格好で配置されている。

その先にナースセンターがあり、そこで入室の許可をとる。


病室に入ると、また一つベッドが空いている。

インフルエンザのせいなのか?

お袋はスヤスヤお昼寝の最中、、、変わりは無いようだ。


額に手を当て体温確認をしていると、徐に目を覚ました。

 お袋「あっ、来とったね。」

 俺 「今たい! 寝とったごたるね、、、大丈夫ね?」

 お袋「うん、どげんなかよ。」

 お袋「ばってん、ご飯は食べとらんたい」


もう一週間ほど、ほとんど食事をしていない。

点滴で栄養の補給はしているが、それでは体力が戻らない。

それに、血糖コントロールも難しくなっている。

何より感染胆汁の排出が滞っている以上、

突然の発熱や敗血症による多臓器不全が危惧される。

予断を許さない重篤な状況なのは変わりないのに、

何と穏やかなお袋の佇まい、、、すべてが嘘のようだ。

 

2017年1月25日 (水)

お袋の入院6日目 ~追記~

俺には賢明な妹と、頼もしい弟がいる。


医療コーディネーターから転院の話があり、

〇〇病院を選択肢としてリスペクトしていることを、

妹とのlineで知った弟が、仕事帰りに立ち寄った。


冷静な判断が出来得る立場の弟は、静かに話し始めた。

「〇〇病院のホームページによると、患者が病名、病状、

 そして予後について理解をしていることが望ましい、、、

 そんな風に書いてあるから、このことをお袋にどう説明する?

 前回の入院のように、2週間ほどで退院出来ると思っとるよ。

 コーディネーターに、どの程度の病状認知が必要なのか?

 そのことが転院条件にどう反映されるのか?

 それを確認してもらってから〇〇病院への転院を考えても

 遅くないし、今のお袋の状態を見守るのが先じゃないと!」


弟は入院当初から、転院には慎重な態度を示していた。

親父が転院から、僅か3日で亡くなったことが引っかかるのだ。

それに、今のお袋の状況は不思議なくらいに穏やかだから。


ずっと一緒に暮らして来た俺は、感情がどうしても優先するから、

冷静を装い過ぎて、早計に判断することがあるようだ。

その点、弟は若いころから外に出て、荒波を経験しているからか、

精神的にタフで、逆境にも強い、、、そう思う。

賢明な妹は、俺に配慮しつつ弟の意見を受け入れようと云ってくれた。


お袋の病状が重篤であることに変わりは無い。

大事なのは、お袋の今、、、体と心のケアーのこと。

思いはみな同じなのだから。

お袋の入院6日目 ~退院支援~

インフルエンザまん延注意報発令中でもあることだし、

昨日は午後からの一度だけ、それも短時間の面会にした。


入室してしばらくすると、携帯が鳴った。

来院中に、その病院からの着信だった。


電話の相手は、院内支援センターの担当者で、

内容は、退院(転院)支援の計画について、

俺および家族・親族などと、話し合いをしたいとのこと。

ちょうど来院していると告げて、話すことにした。


支援センターの担当員は、丁寧に話を進めてくれた。

言葉を選びつつ、こちらの心証を害さないような配慮もあった。

内容は、主治医から説明を受けていたことのリピート。

この時期に転院の話を切りだすことの理由は分かる。

今は、どこでもそのようなシステムであることも。


されど・・・


これは何処かで通った道、、、観た景色。

親父の時も、そうだった。

だから敢えて、話を遮ってまで主張した。


「お話は分かります。ただ、それならば〇〇病院さんを

 お願いします。この地域で唯一、終末期緩和医療を

 主たる目途で取り組んでおられる病院であると聞き及びます。」

「是非にも〇〇病院さんとの連絡をお願いします。」


もちろん、この総合病院と〇〇病院との間に、

関連性のあることは知っていた。評判も織り込み済み。

親父のこともあって、少しは学習していた。


パーフェクトな解答は、きっと無い。

ただ、親父の思いを繋ぎたい。

悲しんでばかりはもう、、、いられない。

2017年1月24日 (火)

お袋の入院5日目 ~インフルエンザ~

朝の仕事を済ませ、病院へ急ぐ!

病棟のエレベーターが開く、廊下でマスクをはめて

アルコールジェルで手を拭い、いざ病室へ。

すると、、、

いつもは開いている病室の引き戸が閉まっていて、

こんな貼り紙に胸騒ぎ。

” 入室の方は、ナースセンターまでお越しください ”

「何なにナニ??? なにがどうなった?」

すぐに、いま通り過ぎてきたナースセンターへ戻る。


どうやら、患者の一人がインフルエンザに感染したらしい。

お袋を含めた同室の3人には、今のところインフルエンザの

兆候はみられないが、大事を取って入室確認をしているとのこと。


長居はせぬを条件に入室する、、、
お袋も開口一番!


 お袋「インフルエンザの流行りよるげなたい!」

 お袋「面会も短くせなんてよ」

  俺「うん、聞いたよ、、、母さんは大丈夫ね?」

 お袋「大丈夫よ、どげんなかたい、、、熱も無かよ」


心配は尽きないが、何かあったらすぐに知らせるを信じて、

後をナース諸氏にお任せし、後ろ髪を引かれる思いで、

病室を後にした。

2017年1月23日 (月)

お袋の入院4日目 ~前向き~

日曜日の昨日は、朝から病室へ出向く。

お袋のベッドでは、看護師さんが何やら処置の最中。


しばらくして、すべての作業を終えた看護師さんが

退室したのを確かめて、お袋の傍へ。


相変わらずの黄色い顔だが、微熱以外は

概ね普段のお袋がそこに寝ていた。

朝食はやはり食べなかったようで、

点滴が2本、、、止む無しか。


お袋 「ほぉ、来たね!」

俺  「いま来たとこたい」

俺  「どげんね、具合は?」

お袋 「うん、暇たい!」

俺  「そうね、ならクロスワードパズルでもするね?」

お袋 「いやぁ、退院してからでよかよ」


告知のことは覚えていないのかな?

あるいは、主治医の小声のせいで聞こえなかった?

それとも、知ってて知らぬ振り?

・・・心配させまいと。


何れにせよ、さすがお袋、、、どこまでも前向きだ。

 

2017年1月22日 (日)

お袋の入院3日目 ~食事~

点滴2本に繋がってはいたが、穏やかな寝息で

すやすやおやすみの最中に病室入りした。

キャンセルが難しい仕事を終えての来院のため、

時刻は午後4時を回っていた。


早速の昼食が運ばれた様なのだが食欲が無く、

デザートのみかんゼリーを少し食したくらい。

それで2本の点滴だったんだと腑に落ちた。


相変わらずの黄疸は変わりない。

しばらくして目を覚ましての第一声は、、、

「あっ、来とったね!仕事、終ったね?」


今日はきのうに比べれば暖かい一日。

明日も寝息のように、穏やかであれ。

2017年1月21日 (土)

お袋の入院2日目 ~胆汁排泄術~

黄疸の原因は、肝臓の出口付近から胆管に出来た

悪性腫瘍による胆汁の流れの遮断にあった。


がんのステージはⅣ、、、末期との診断。


以前から、延命治療を由としないお袋の気持ちは知っていた。

手術も頑なに拒絶していたのも分かっていた。


ただ、癌の根治は難しくとも、黄疸を何とか鎮めて

少しでも安楽な終末期を過ごして欲しい、、、

そのことで、一日でもいいので自宅で過ごして欲しい。

亡き親父が叶わなかった思いを、お袋には味わって欲しい。

その一心で、内視鏡的逆行性胆汁排泄術(ERBD)の

施術を受け入れた。


結果は、癌の範囲が広く強固で、

排泄用チューブの設置が出来なかった。

お袋の状態を考慮して、これ以上の施術は妥当では無い。

いたずらに苦痛を与えて、体力気力の減退を招くとの判断。

感染胆汁の排泄は難しくなった。

この後のことは・・・

とにかくここまでにして、疲れたお袋を休ませた。

2017年1月20日 (金)

このブログの、切っ掛けは。

何気ない日々も、こうやって綴っていればきっと、

掛けがえの無い時の宝箱になるのかもしれない。

そんな思いもあり、このブログをはじめたのが、

2013年2月23日(土)のことだった。


それから亡き親父の通院日記や介助日誌などなど、

綴っていると親父の入院日記となった。


2015年の4月に入院したお袋の入院日記もある。

でも今回は迷っていた、書き綴るべきなのかと。


前置きが長くなってしまった。

お袋は今、病院のICUに居る。

極めて重篤な状況にもかかわらず、

昨晩は意外なほどに穏やかだった。

状況を判断出来ないで居るだけ

なのかもしれないけれど・・・。


この入院日記を綴ることは
やはり、

俺の何気ない日常の延長線上にある。

その思いだけで、前を向くことにした。

 

2015年4月21日 (火)

入院11日目 ~退院~

あっさりとした退院、、、まぁ、そんな感じが普通なのだろう。

取り敢えず事務の女性が来て、入院費が納まったことが

確認出来た瞬間に、お帰り頂いても構いません、、、

みたいな感じになった。

マニュアル通りの対応に、御尤もを感じつつ、

云われた通りに会計を済ませ、病室に戻る。

看護師さんに領収書を確認して頂き、退院が承認された。


1~2人の看護師さんに軽く見送られ、

車椅子のお袋を病院から脱出させる。

もちろん、病院関係各位には感謝。

ただ、腑に落ちないことが多すぎる。

それは、追々詳(おいおいつまび)らかに。

2015年4月20日 (月)

入院10日目 ~お告げ~

午後の回診で、『明日でも退院、、、いいですよ!』

そんな風にお告げがあった、、、と。


2~3日の入院予定が、意外と長引いてしまった。

まぁ、今後のこともあるのだが、まずはひと安心confident

 

2015年4月19日 (日)

入院9日目 ~疑義~

3~4日の入院予定の心積りだったお袋だから、

9日に及ぶ入院生活に、疑義が生じている。


気になる病の話を、どこまでご理解賜ったのか?

どうもそのことよりも、見舞う我々の気苦労と、

入院費用のことに思いを馳せているようだ。

早く退院したい、、、その思いは誰しも同じ。

明日にでも、主治医の先生に、

具体的なお話をお願いしてみるか!

2015年4月18日 (土)

入院8日目 ~退屈~

気分も普通になり、することも無くなれば退屈になる、、、

至極当然の成り行きがまさに今、展開中である。


ただ気掛かりは血糖値コントロールのこと。

低血糖ぎみとの話は聞いていたが・・・


すでにインスリンを体で作れないお袋にすれば、

血糖コントロールは、インスリン注射に頼るほかは無い。

まさに生命線はその注射液に握られているのだ。

高血糖が続くことは多臓器にとって避けた事態だが、

低血糖は意識障害を起こし、生命の危険もある。

すでに2度ほどその危険に晒(さら)された。


お袋は日に3度、インスリンの注射を打っている。

その分量は、これまでの経験値の下支えによって成り立ったもの。

つまりは、日々の食生活に寄るところが大きいのだ。

どうしても間食をしてしまうことが織り込み済みのインスリン量。

そこに、規定通りの入院食と間食無しの食生活、、、

日頃のインスリン量だと効き目が良すぎるのだ。

だからインスリン量を抑えることになれば、

今度は、食生活を規則正しく維持する必要に迫られる。

当然それは基本なのだが、、、その基本が簡単ではない。

時間経過と共に、徐々にインスリン摂取量は増えて行く・・・


これが、生活習慣病と言われる所以(ゆえん)でもあるのだろう。

退院後のフォローが、実は大切なこと、、、肝に銘じねば。

2015年4月16日 (木)

入院6日目 ~相部屋の住人~

病室は4人部屋、、、廻りは、見るからに重症な方々。

脳神経外科や産婦人科で入院されている方に交じって、

結局お袋は、皮膚科での入院となった。


入院自体は数回ある。

白内障手術と糖尿病対策入院それから、

足首の骨折でリハビリを含めて長く入院した。


相部屋の方々との仲がいい時には、

長い入院期間になる傾向があるのだが・・・

今回は、果たしてどうなるのか?

2015年4月15日 (水)

入院5日目 ~お見舞い~

姪っ子がお見舞いに来てくれていた、、、

綺麗な花束を持参して。



なんでもこの頃はお見舞い品に、生花や果物を

禁止している病院が増えていると聞く。

細菌の感染を防ぐためだと云うのだが・・・。


病院によって対応はまちまちなのだろうが、

病室までの動線で、見舞客がチェックを受ける

タイミングはあるだろうか?

ほとんどフリーパスの病院が多いのでは?

公共性の高い市民病院や大学病院などの、

大規模総合病院になればなるほど、

患者の個人情報保護と入院時の安全対策が

おざなりになされては、いないだろうか?


信じたい、、、人が最も弱ってる状態が、入院時。

その時の対応が、優しさで包まれていることを。


お袋の容体がまずまずなので、

云いたい放題をしてみた、、、少し酔ってもいる。

ご容赦あれ m(__)m

 

 

馳せる

然程(さほど)はなれている訳では無い、、、病室から自宅まで。

家族とは云え、心の奥底までは計り得ない。

お袋の胸中、、、如何ばかりか。


・・・で、昨日の一般病室への移動後のこと。

意を決し、担当医から告げられた

深刻な病のことを、恐る恐る切りだすと、、、

『・・・?・・・誰がね?・・・?・・・ふぅ~ん!』

子供に心配を掛けまいと、必至に耐える親心。


少しウルッと目じりから、零れ落ちそうなものを堪えて、

病室を後にした。・・・その後見舞った妹からメールが。


『お母さん、昨日の先生の話し憶えてません (-_-;)』


なるほど、、、耳は遠かった (^^;)

 

 

2015年4月14日 (火)

入院4日目 その2 ~腰痛~

ここに来て、腰がずんずんする、、、痛いと云う。

入院した日、その朝寝室で転んだ時に痛めたのではないかと。

確かにそうかもしれないが、もともと圧迫骨折もあることだし、

トイレに立つ以外、ずーっと寝ている訳だから痛くもなる。


転室後に、看護師さんにその旨伝えて、対応をお願いした。

骨でも痛めていたら、入院が長引くかも、、、致し方ない。

たぶん明日にはレントゲン撮影だろう、、、止む無し。

そんなこんなでお袋らしさが全開。

入院4日目 ~病室移動~

午後から一般病棟への転室となった。

たまたま居合わせたので、待機することに。

一時待ってはみたが、なかなか移動の前触れが無い。

そうこうしていると、ICU内がざわつき出した。

どうやら救急搬送の患者で「ごった返し」状態に。


小走りした途端の転倒で骨折のお婆さん。

自宅で意識混濁により搬送された初老のご婦人。

交通事故で鎖骨骨折の男性。

一気に辺りは緊張感に包まれる。


このまま此処に留まることの、妙な罪悪感 !?

じーっと正体を無くし、ただただ佇むことに💦💦。

何も悪いことはしていない、、、はずなのに。


・・・喧騒から抜け出し、どうにか一般病棟へ。

それにしても、動揺していたのは俺一人、、、

お袋はと云えば、病室のテレビでサスペンス鑑賞中。

まったく動じることなく転室完了!

さすが肝が座ってらっしゃるcoldsweats01

2015年4月13日 (月)

入院3日目 その2 ~説明~

今回、入院の発端となったであろう顔の腫れ・湿疹、

それに伴なったであろう発熱の原因についての説明があった。


起因に関係する診療科の主治医から、細かな説明があり、

今後の診療方針が披露された。

意外だったのは、もう一つの診療科からお見えになった、

担当医の先生のお話。


今回の入院に伴う検査で判明した、隠れた病の表面化。

説明は、お袋を含めて行われたので、真意はダイレクトに

お袋に届いたと信じている。

この病は、お袋の兄が侵されたものと同じであった。

説明は粛々と進められ理路整然とし、かつ分かり易かった。


今回の入院で明らかとなった病。

簡単では無い病気、、、少し怖い。

それでも、兆候はあった、、、年齢を思えば、

止む無しとの思いもあった。

お袋の思い如何ばかりか、、、黙して語らず。


まずは、今回のことを解決して、それからのこと。

少し間を置いて、精密な検査を受ける段取りは承知したお袋。


俺の思いは親父の時と同じ。

自己主張ができる限りにおいては、お袋の意思を尊重する。

人は誰でも、最後は自己責任で決めるのだから。


でも、、、判断はいつも揺れ動き惑うものだと分かってもいる。

親父の時のように・・・

 

入院3日目 ~平静~

午後2時を回ったころ、病院に到着。

向かうのは、ICUのある東病棟3階。

入り口前で、入室の許可を乞う。

程なく招き入れのアナウンス、、、手洗い後入室。


ベッドは昨日と同じ窓際の特等席。

顔色はいい、体温は平熱、血圧もまあまあ。

ただ、血糖値が少々高めだと云う。


午前中に、何とかいう検査をしたのだと?

それから、東病棟4階に転室になるのだと、、、今日?

所どころで話は噛み合わないながらも、

今日は何日?の質問には、「4月13日」と即答、、、お見事shine

2015年4月12日 (日)

入院2日目 ~やや回復~

前日の発熱の影響?と思われる、赤く腫れ上がった顔は、

すっかり腫れが引いて赤さも薄まった。

それと体温も平熱になり、あきらかに改善が見てとれる。

ただ、他の部位に見受けられる湿疹が痛々しい。

それに血圧が低い、上が80、下が40くらいだから。


今いる病室はICUだけど、比較的軽度の患者さんが

入る部屋らしい、、、意識がはっきりとした患者さん達。

 

数年前の真夏のある日、高熱と脱水から意識が無くなり、

慌てて119番のお世話になったことがある。

救急処置室で当直医の方に、

『どうしてもっと早く連れて来ないのですか、

 もう少し処置が遅れていたら、危険でしたよ』

しこたま怒られた、、、助かったとしても、

人工透析は免れないところだった。

そんな経験をしているにも拘らず、今回も迷った。

大事に至らなかったのは、不幸中の幸い。

教訓は、生かしてこその教訓なのに。。。

 

2015年4月11日 (土)

お袋の入院

夕方の発熱が切っ掛けとなり、市立病院へ赴く。

検査の結果、緊急入院が決まる。

結局、発熱の原因が特定できないまま、

取り敢えずの入院となる。


お袋の不安げな様子が手に取るように・・・

ただ、持病の糖尿病が悪化してることが分かっているので、

このままではいられない、、、入院は止む無し。


自宅に帰り、一人晩御飯を食べる。

考えてみれば、たった一人の晩御飯は初めてのこと。

何とも云えぬ寂しさ、胸を締め付けられそうな思い。

今はそれ以上は考えられない、、、耐えられない。

2013年6月10日 (月)

逝去

2013年6月7日、親父は永眠した。享年87歳。

今は、何も語れない。

2013年6月 6日 (木)

入院52日目「転院2日目」~やはり、寒い!~

転院2日目、早速病室が変わっていた。

6人部屋の真ん中、、、エアコンの風がちょうど当たる位置にベッドが。

ルーバーは、スイング状態なのだが、寒いと親父は訴える。

寒がりの親父でなくても、寝たきり状態の人には、ちょっと厳しい状況。

タオルケットに毛布、それから病院の布団と3枚重ねで対応。

他の患者さんは、大丈夫なの? 疑問はあるが、訊けない現実。

でも、手遅れになる前に、明日は忌憚の無い疑問をぶつけてみようと思う。

2013年6月 5日 (水)

入院51日目~転院初日~

転院が滞りなく執り行われた。何度も入退院の付き添い経験はあるのだが、

転院は初めてのこと。

概ね看護師さんを始め、スタッフの皆さん方に好意的に迎えられた・・・

と、感じているのは、俺だけなのか?

病院が変わったのだから、細かなルールの違いはあるが、概ね了承の範囲。

とにかく、ここでのリハビリ次第で、今後のベクトルが決まる!

闘いは、これからが本番!!

2013年6月 4日 (火)

入院50日目~コーヒー~

梅雨の晴れ間、、、朝から気温はグングン上昇した!

今日の親父、、、相変わらず、寒いの一点張り。挙げ句に、コーヒーを所望。

ほんの、スプーンに2~3杯ではあったが、熱いコーヒーをふうふう冷まして

口元へ。美味しそうに飲んでと云うより、とろみをつけて、食べてくれたのが

何とも嬉しかった。まぁ、ルール違反は否めないが。

明日は、転院だ!

入院49日目~ツバメ~

今日の親父は落ち着いていたように見えた。うわ言とも取れる発言が、

時折混じってはいるけれども・・・。

ツバメは子育てに忙しく飛び回る時期、、、うちには巣をかけてはくれないが、

一休みに来てはくれる。

昔から、お隣近所はツバメの巣で迷惑を被っておられたが、

それを羨ましく眺めていたものだ!不謹慎かもしれないが。

そのツバメだが、最近では、一休みにも飽きたのか、顔を見せなくなった。

もっと割りのいい、安全な宿木でも探し当てたか!

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