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カテゴリ「入院日誌」の記事 Feed

2017年2月 7日 (火)

お袋の入院20日目(転院7日目) ~それぞれのケアー~

お袋の今日は、些か意識もうろうとしていて、

意思疎通の滞る場面がある一方で、

そこそこ食事を摂ってみたり、

パッチリ眼で昔ばなしに興じてみたり、

感情の起伏が激しい一日となった。



午後、、、主治医の先生からお話があった。


お袋の現状とこれからのことの確認事項について。

対処療法・緩和ケアーの意味についてのレクチャー。

そして、患者さんのみならずその家族を含めた

心のケアーの重要性について、淡々と話は進んだ。


話し込むこと約2時間。

俺の心の琴線に触れるような問いかけに、

堰を切ったかのように、言葉が溢れ出て、

深層心理をさらけ出すようなうねりを覚えた。


弟は沈黙し、妹は目に涙を浮かべて嗚咽した。

主治医はさすがに平静だったが、

「今日お伺いしたお話は、過去に数例しかないような

 稀有な体験談でした。」

そう云ってカウンセリングしてくれた。


終末期医療の緩和ケアーの意味が、

少し分かった気がした。


2017年2月 6日 (月)

お袋の入院19日目(転院6日目) ~重い瞼~

昨晩もよく眠れたとだけ言い放ち、

お袋は重い瞼に逆らうことをあきらめて、

スヤスヤ寝息を立て乍ら、気持ち良さげに

眠りについた、、、お昼前まで、ぐっすりと。


昨日と同じ今日のようだけど、そのことが嬉しい。

お袋を囲んで、これほどまでに兄弟3人が集い、

連日歓談するなんて、かつて無かったこと。


時が、ゆっくりゆっくり流れて行く。

重い瞼が開く頃、お袋の目には

3人の顔が飛び込んで来る。

笑みを浮かべたその表情が見たい、、、

ただそれでけでいい。

 

2017年2月 5日 (日)

お袋の入院18日目(転院5日目) ~日曜日~

今日はお休みだから、朝から夕方まで病室で過ごした。

ウトウトすることの多いお袋だったが、

思いのほか食事も摂れた。

午後には孫・ひ孫の襲来もあり、

楽しくも騒がしい日曜日となった。




7日(火)に主治医から現状と今後のことで
話があると、

その予定確認の返事を求められた。

7日と云わず、明日でもいいと即答した。


転院前、総合病院の主治医からは
余命1か月を宣告された。

転院直後のお話では、もう何時急変して危篤状態になっても

おかしくはない、、、そんな状況であると告げられている。


このうえは、どんなお話を聞くことになるのだろうか?

お袋の状況は、この穏やかな今は・・・。


もう何処にも、逃げることなど出来はしない。

ただ、粛々と。

そして、、、淡々と。

2017年2月 4日 (土)

お袋の入院17日目(転院4日目) ~食べてない?~

今朝は、ほとんど平熱の穏やかなお袋で、、、おはようございます。


変わらず食事には箸を付けないと云うので、

取り敢えず「アイスクリームはどうね?」と尋ねると、

「食べようかね!」

スプーンに僅かではあるが、お代わりを三度。

まぁ、何も口にしないよりはましかな?


夕食時に面会した弟から連絡が入る。

「お袋がおかずを食べよるよ、、、少しずつ。」

お粥にも手を伸ばしたらしい。

喜ぶべきこと。それにしても、看護師さんによれば、

どうやら先日から少しだけ食していたらしいのだが、

「入院してからは、何も食べとらん!」

その一点張り、、、流石である (-_-;)

この先に。

お袋の病室は3階、、、長い廊下の丁度中ほどの部屋。

この階の病室すべてが緩和ケアー専用ルームになっている。


お昼前に着替えやタオルを届けに行くと、

二つ隣の部屋から、すすり泣きながら出て来る人達。

すれ違う男の子の嗚咽、肩を抱かれて放心状態の女性。

少し遅れて出て来たスタッフさんの、沈痛な面持ち。


お袋の部屋の前、、、コンコンと2度、ノックする。

返事は無いが、スヤスヤ寝息に、、、ホッとした。

2017年2月 3日 (金)

お袋の入院16日目(転院3日目) ~甘いもの~

血糖コントロールがなかなか整わない中、

ほとんど食していないことを憂慮し、

好きなものを少しでもの希望を込めて、

子供のころからの大好物である

生和菓子を買ってみた。


現物を目の当たりにしてお袋の表情も

少し和んだようで、、、

「ちょっとだけ食べてみよか!」

ほんの僅かを3度、スプーンに載せられた生和菓子の

断片を食して一言、、、

「美味かねぇ~」



抗生剤の点滴投与で、発熱は一進一退を繰り返す。

痛みはないですか?の問いに、首を横に振る仕草に

偽りは無さそうだが、身体は依然として怠そうだ。

意識はしっかりしているが、声に張りが無くなった。


昨日と今日は、妹と二人で約4時間お袋に寄り添った。

明日は少しばかりの仕事があるけど、許す限り傍にいる。

許可を願い出れば、病室に泊まり込むことも出来るらしい。


まずは明日、、、そしてまた、その明日。

Images

            ~生和菓子 Google検索 参照~

2017年2月 2日 (木)

お袋の入院15日目(転院2日目) ~お見舞い~

今朝早く、様子を伺いに病室へ。

どうやら昨晩、38度を超える高熱を発したものの、

解熱処置が功を奏し、朝には平熱にまで下がったという。


敗血症などの感染症を少しでも抑えるべく、

抗生物質入りの点滴も始まっていた。



午後、50余年ぶりの面会を控えていたので、

容態の安定はこの上ない幸運なことだった。



その方は、父方の従妹さん御夫婦、

むかし親父とお袋がお世話になった、

数少ない大切な親戚なのだ。


恐縮しきりのお袋も、むかしのことを思い出したのか、

お二人がお帰りになった後も、従妹さん家族との

共同生活を懐かしんで、目を潤ませていた。


親戚という縁に、感謝感謝、、、感謝である。

2017年2月 1日 (水)

お袋の入院14日目(転院1日目) ~転院~

空気は冷たく曇り空の中、総合病院の救急車で一路

転院先の病院へと急いだ。

受け入れは殊のほかスムーズに進み、すぐに病室へ通された。

西向きに窓があり、8帖ほどのこじんまりとした個室だった。


程なく主治医と担当看護師、そしてソーシャルワーカーさんから、

それぞれの立場からの入院に関する心構えと事務手続きの説明が。


いろいろを済ませ病室へ戻ると、落ち着いた様子のお袋に安堵。

アイスクリームやみかんゼリーを所望するほどの気力もあり、

移動による疲労を懸念していたが、さほどの負担は無かったようだ。



それでも此処は、緩和ケアーのホスピスであると云うこと。

いつ何時容態の急変があっても不思議では無いと云うこと。

その覚悟を決めた、転院の一日目だった。

2017年1月31日 (火)

お袋の入院13日目 ~転院予告~

今朝は月末と云うこともあり、事務関係で忙しくしていた。

銀行で、携帯電話がいつものポジションに無いのに気づく。

洗面所の何処かに置き忘れたことを思い出したので、

もう一軒の訪問を後に回して、帰宅の途についた。


帰り着くなり、洗面所の携帯電話のもとへ急ぐ。

幸いにも、病院からの緊急電話は掛かっていない。

と、、、このタイミングで病院からの着信が入る。

主治医の先生から、現在の病状報告と転院手続きの

状況を医療相談員から連絡させる旨のお知らせだった。

余りにも絶妙なタイミングに、ドキドキと安堵感が入り混じる。


そして間髪入れずに今度は、家の電話に病院から着信。

医療サポーターからの電話は、転院の準備が整ったとの報告。

本人と家族の同意が得られれば、明日にでも、、、

矢継ぎ早に感じたので即答を避け、

兄弟と相談の上折り返すと告げて、電話を置いた。


文字道理に膝突合せ、胸襟を開いて忌憚のない話し合いをした。

結論は、お袋の明日の状況を最優先にしながら、

可能であれば転院を受け入れることにした。

転院を勧めるくらいだから、それなりの時間は残されているはず。

今より少しでも、快適な状況を確保出来るであろうことを信じて、

そのことだけを、ただひたすらに願っての同意だった。

お袋の入院12日目 ~酸素投与~

孫の面会で気分を良くしたお袋だったが、

昨晩から、鼻カニューレで酸素投与始まっていた。

採尿バッグも付けられていて、少し窮屈そうだ。

微熱も変わらずにあり、解熱シートが手放せない。

頑張って元気を装ったのか、少し反動が出たようだ。


食事は出されていたのだが、殆ど手つかずだったようで、

今朝にはお袋が、食事はいらないと断わりを入れたらしい。

その旨を確認すると、、、

食欲が湧かないし、食べても戻しそうだからと云う。

喉を潤す温めのお茶が、唯一口から入る物になる。


確かに状況は、日を追うごとに少しずつ悪化しているようだ。

積極的な延命治療を願わなかったことの判断が

正しかったのかどうかは分からない、ただ、、、

お袋の今を大切にしたいと願う気持ちはそこにある。

ただそのことのみを思い、明日の奇跡を希う俺がいる。

2017年1月30日 (月)

お袋の入院11日目 ~遠方の孫2日目~

朝、2度目の面会に出向く。昨日より少し体温が高い。

孫の見舞いに気づき、笑顔で応えるお袋。


ちょうど点滴が終ったタイミングで、ナースコールを押した。

すぐさま、次の点滴液が用意され、また点滴の再開。


その一部始終を見終えたことを合図に、

孫の見舞いも終りを迎えようとしていた。


またねの挨拶を交わし、ハイタッチそして握手すると、、、

握り返すお袋の手には、思いもよらぬほどの握力があった。

それは孫にも伝わっていた。


うまく表現できないけど、
「まだ、いける、、、大丈夫!」

ストレートにお袋の生命力が入ってきた瞬間だった。


孫や曾孫の力は、こんなにも絶大なのかと感じた11日目だった。

2017年1月29日 (日)

お袋の入院10日目 ~遠方の孫~

神奈川に住む孫(妹の長男)が、お見舞いに来てくれた。

何度も恐縮していたお袋だったが、

いざ孫の顔を見ると感激したのか、握手を求めたりした。


相変わらずの黄疸と微熱、少しずつ身体の力が抜けてく、

穏やかな佇まいはそのままに、このままが続くのならば

それはそれでもいいような、、、そんなきにさせるお袋の今。

2017年1月28日 (土)

お袋の入院9日目 ~転室~

いつもの所作で入室の許可を得るべく

ナースセンターでお袋の名前を告げると・・・

 看護師 「〇〇さんのご家族ですか?」

 俺   「はい」

 看護師 「HCU室が空きましたので、そちらに転室になりました」

 看護師 「ICUから本来はHCUでしたが、満床でしたので、、、」

どうやら当初、ナースセンター横の見守り部屋に入室するはずが、

今日になったということで、容態の急変では無かったことに安堵した。


HCUは横長の3人部屋で、お袋のベッドは
ナースセンターから、

ガラス越しに見渡せる位置にある。

重篤な状態であるのだから致し方ないが、

一般の病室に比べると、機材や計器で物々しい。


いつもの点滴液に加えて、黄色い点滴液が投与されていた。

血液型が明記されていたところをみると、、、血液製剤か?


どうにか寝返りは出来るものの、その後はため息を。

胸には心電図のパッドも張り付いている。



黄疸がひいて食欲も出て、リハビリに励んで歩ければ、

きっと退院できる、、、そう信じている。

それは、お袋ばかりで無く、俺も同じこと。


そんな奇跡は起こらないものか!

2017年1月27日 (金)

お袋の入院8日目 ~疲労~

入院も一週間を越した。

病室には2人、、、semi個室、なんて言わないかな?


今日のお袋は少し疲れたような素振り。

昨晩から続く、微熱が気になる。


遠方に住む孫が、見舞いに来るのを申し訳ないと云い、

下着や入院衣、それにオムツ替えの世話を気遣うお袋。


もういいんだよ、そのことは。

身体が辛いのに、気苦労まで。


妹が顔を拭い、足を拭いた。

俺はただ、点滴後で紫色の腕を摩った。

両手で小さく細いお袋の手を包んでみた。

お袋の熱を、手の平に感じた。


もういろいろと考えたくない、、、ない。

2017年1月26日 (木)

お袋の入院7日目 ~お昼寝~

エレベーターを出て左に折れ少し行くと、

マスクと消毒液が用意されたカウンターワゴンが

病室への動線を遮る格好で配置されている。

その先にナースセンターがあり、そこで入室の許可をとる。


病室に入ると、また一つベッドが空いている。

インフルエンザのせいなのか?

お袋はスヤスヤお昼寝の最中、、、変わりは無いようだ。


額に手を当て体温確認をしていると、徐に目を覚ました。

 お袋「あっ、来とったね。」

 俺 「今たい! 寝とったごたるね、、、大丈夫ね?」

 お袋「うん、どげんなかよ。」

 お袋「ばってん、ご飯は食べとらんたい」


もう一週間ほど、ほとんど食事をしていない。

点滴で栄養の補給はしているが、それでは体力が戻らない。

それに、血糖コントロールも難しくなっている。

何より感染胆汁の排出が滞っている以上、

突然の発熱や敗血症による多臓器不全が危惧される。

予断を許さない重篤な状況なのは変わりないのに、

何と穏やかなお袋の佇まい、、、すべてが嘘のようだ。

 

2017年1月25日 (水)

お袋の入院6日目 ~追記~

俺には賢明な妹と、頼もしい弟がいる。


医療コーディネーターから転院の話があり、

〇〇病院を選択肢としてリスペクトしていることを、

妹とのlineで知った弟が、仕事帰りに立ち寄った。


冷静な判断が出来得る立場の弟は、静かに話し始めた。

「〇〇病院のホームページによると、患者が病名、病状、

 そして予後について理解をしていることが望ましい、、、

 そんな風に書いてあるから、このことをお袋にどう説明する?

 前回の入院のように、2週間ほどで退院出来ると思っとるよ。

 コーディネーターに、どの程度の病状認知が必要なのか?

 そのことが転院条件にどう反映されるのか?

 それを確認してもらってから〇〇病院への転院を考えても

 遅くないし、今のお袋の状態を見守るのが先じゃないと!」


弟は入院当初から、転院には慎重な態度を示していた。

親父が転院から、僅か3日で亡くなったことが引っかかるのだ。

それに、今のお袋の状況は不思議なくらいに穏やかだから。


ずっと一緒に暮らして来た俺は、感情がどうしても優先するから、

冷静を装い過ぎて、早計に判断することがあるようだ。

その点、弟は若いころから外に出て、荒波を経験しているからか、

精神的にタフで、逆境にも強い、、、そう思う。

賢明な妹は、俺に配慮しつつ弟の意見を受け入れようと云ってくれた。


お袋の病状が重篤であることに変わりは無い。

大事なのは、お袋の今、、、体と心のケアーのこと。

思いはみな同じなのだから。

お袋の入院6日目 ~退院支援~

インフルエンザまん延注意報発令中でもあることだし、

昨日は午後からの一度だけ、それも短時間の面会にした。


入室してしばらくすると、携帯が鳴った。

来院中に、その病院からの着信だった。


電話の相手は、院内支援センターの担当者で、

内容は、退院(転院)支援の計画について、

俺および家族・親族などと、話し合いをしたいとのこと。

ちょうど来院していると告げて、話すことにした。


支援センターの担当員は、丁寧に話を進めてくれた。

言葉を選びつつ、こちらの心証を害さないような配慮もあった。

内容は、主治医から説明を受けていたことのリピート。

この時期に転院の話を切りだすことの理由は分かる。

今は、どこでもそのようなシステムであることも。


されど・・・


これは何処かで通った道、、、観た景色。

親父の時も、そうだった。

だから敢えて、話を遮ってまで主張した。


「お話は分かります。ただ、それならば〇〇病院さんを

 お願いします。この地域で唯一、終末期緩和医療を

 主たる目途で取り組んでおられる病院であると聞き及びます。」

「是非にも〇〇病院さんとの連絡をお願いします。」


もちろん、この総合病院と〇〇病院との間に、

関連性のあることは知っていた。評判も織り込み済み。

親父のこともあって、少しは学習していた。


パーフェクトな解答は、きっと無い。

ただ、親父の思いを繋ぎたい。

悲しんでばかりはもう、、、いられない。

2017年1月24日 (火)

お袋の入院5日目 ~インフルエンザ~

朝の仕事を済ませ、病院へ急ぐ!

病棟のエレベーターが開く、廊下でマスクをはめて

アルコールジェルで手を拭い、いざ病室へ。

すると、、、

いつもは開いている病室の引き戸が閉まっていて、

こんな貼り紙に胸騒ぎ。

” 入室の方は、ナースセンターまでお越しください ”

「何なにナニ??? なにがどうなった?」

すぐに、いま通り過ぎてきたナースセンターへ戻る。


どうやら、患者の一人がインフルエンザに感染したらしい。

お袋を含めた同室の3人には、今のところインフルエンザの

兆候はみられないが、大事を取って入室確認をしているとのこと。


長居はせぬを条件に入室する、、、
お袋も開口一番!


 お袋「インフルエンザの流行りよるげなたい!」

 お袋「面会も短くせなんてよ」

  俺「うん、聞いたよ、、、母さんは大丈夫ね?」

 お袋「大丈夫よ、どげんなかたい、、、熱も無かよ」


心配は尽きないが、何かあったらすぐに知らせるを信じて、

後をナース諸氏にお任せし、後ろ髪を引かれる思いで、

病室を後にした。

2017年1月23日 (月)

お袋の入院4日目 ~前向き~

日曜日の昨日は、朝から病室へ出向く。

お袋のベッドでは、看護師さんが何やら処置の最中。


しばらくして、すべての作業を終えた看護師さんが

退室したのを確かめて、お袋の傍へ。


相変わらずの黄色い顔だが、微熱以外は

概ね普段のお袋がそこに寝ていた。

朝食はやはり食べなかったようで、

点滴が2本、、、止む無しか。


お袋 「ほぉ、来たね!」

俺  「いま来たとこたい」

俺  「どげんね、具合は?」

お袋 「うん、暇たい!」

俺  「そうね、ならクロスワードパズルでもするね?」

お袋 「いやぁ、退院してからでよかよ」


告知のことは覚えていないのかな?

あるいは、主治医の小声のせいで聞こえなかった?

それとも、知ってて知らぬ振り?

・・・心配させまいと。


何れにせよ、さすがお袋、、、どこまでも前向きだ。

 

2017年1月22日 (日)

お袋の入院3日目 ~食事~

点滴2本に繋がってはいたが、穏やかな寝息で

すやすやおやすみの最中に病室入りした。

キャンセルが難しい仕事を終えての来院のため、

時刻は午後4時を回っていた。


早速の昼食が運ばれた様なのだが食欲が無く、

デザートのみかんゼリーを少し食したくらい。

それで2本の点滴だったんだと腑に落ちた。


相変わらずの黄疸は変わりない。

しばらくして目を覚ましての第一声は、、、

「あっ、来とったね!仕事、終ったね?」


今日はきのうに比べれば暖かい一日。

明日も寝息のように、穏やかであれ。